団代数
団代数、またはクラスター代数(英: cluster algebra)とは、変異(mutation)という操作ができる団(cluster)を扱う組合せ論的な枠組みを与える代数である。
定義[編集 | ソースを編集]
$n$ 変数有理関数体を $\mathcal F$ とする.まず、団代数理論における基本単位である「シード」を定義する。
$\mathcal F$ のラベル付シードを、次の条件を満たすペア $(\mathbf{x}, Q)$ として定義する。
- $\mathbf{x}=(x_1,\dots,x_n)$ は $\mathcal F$ の自由生成集合となる代数的独立な$ n$個の変数の組とする。
- $Q$ は頂点が $n$ 個であり,ループや2サイクル(下図)を含まない箙とする。
$\mathbf x$ を(ラベル付の) 団、その変数を団変数という。
これ以降 $n$ 個の頂点にはそれぞれ $1$ から $n$ の自然数を対応させることにする。
団代数理論における肝は、このシードを少しだけ変化させる「シード変異」と呼ばれる変換である。ここではまず、箙と団における変異を個別に定義することにしよう。
$Q$ を箙として、その一つの頂点 $j$ をとる。$j$ 方向の箙変異 $\mu_j(Q)$ を $Q$ を用いて次の手順で定める。
- $j$ に出入りする矢印を全部ひっくり返す。
- $j$ に矢印が出入りする頂点のペア $(i,k)$ とその間の矢印 $i\to j\to k$ のペアごとに、$k\to i$ を追加。
- サイクルを取り除く。
$(\mathbf x=(x_1,\dots,x_n),Q)$ をシードとして、$Q$ の一つの頂点 $j$ をとる。$j$ 方向の団変異 $\mu_j(\mathbf x)=(x_1',\dots,x_n')$ を、$(\mathbf x,Q)$ を用いて次のように定める。 \begin{align*} x_i'=\begin{cases} x_i &\text{if $i\neq j$}\\ \dfrac{\mathop{\prod}\limits_{1\leq i\leq n}x_i^{\max(0,b_{ij})}+\mathop{\prod}\limits_{1\leq i\leq n}x_k^{\max(0,b_{ji})}} {x_j}\ &\text{if $i=j.$}\end{cases} \end{align*} ただし、$b_{ij}$ は $i$ から $j$ への矢の本数であり、逆向きの矢がある場合は負の値をとる。
これらを用いて、シード変異を定める。
$(\mathbf x,Q)$ をシードとして $Q$ の一つの頂点 $j$ をとる。$j$ 方向のシード変異 $\mu_j(\mathbf x,Q)$を、$(\mathbf x,Q)$ を用いて \begin{align} \mu_j(\mathbf x,Q)=(\mu_j(\mathbf x),\mu_j(Q)) \end{align} で定める。
以上の情報から、以下のようにして団代数が定義される。
任意にシード $(\mathbf x,Q)$ が与えられたとき、団代数 $\mathcal{A}(Q)$ を、$(\mathbf x,Q)$ からシード変異を繰り返し行うことで現れる全ての団変数で生成される $\mathcal{F}$ の $\mathbb{Z}$ 部分代数として定義する。
具体例[編集 | ソースを編集]
$A_2$ 型箙 $Q=1\leftarrow 2$ の例を以下で与える。まず、$\mathbb T_2$ を以下のようなツリーとする。
このツリーにシードを $t_0$ から順番に対応させていく。ここで、辺上の数字は $1$ と $2$ のどちらの頂点でシード変異するかを表している(変異は同じ頂点で2回続けて行うと元のシードに戻ってくるので、この表示の仕方は整合的である)。 $0\leq t \leq 5$ のときのシードは以下の表のようになる。
$t=t_5$ で $t=t_0$ のシードが反転した形に戻っていることがわかる。ここから続けて変異を行うと、$0\leq t \leq 4$ のものを反転したシードが出現して、$t=t_{10}$で元に戻る。したがって、$Q=1\leftarrow 2$ からスタートして繰り返し変異することにより現れる団変数は
\begin{align} \Biggl\{x_1,x_2,\dfrac{x_1+1}{x_2},\dfrac{x_2+1}{x_1}, \dfrac{x_1+x_2+1}{x_1x_2}\Biggr\} \end{align} で全てである。したがって、団代数 $\mathcal A(Q)$ はこれらの5つの変数で生成される2変数有理関数体 $\mathbb Q(t_1,t_2)$ の $\mathbb Z$ 部分代数である。
なお、上記の例では現れる団変数の数が有限個であったが、一般に団変数は無限個現れる。
歴史・背景[編集 | ソースを編集]
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多元環の表現論との関わり[編集 | ソースを編集]
団代数理論における変異という変換は、多元環の表現論においては傾理論と深く関わっている。
1980〜1990年代(団代数誕生以前):傾加群の変異理論[編集 | ソースを編集]
テンプレート:Main:傾加群 団代数が誕生する以前の1980〜1990年代、森田理論を拡張する試みの中でBrenner-Butlerによって発見された、傾加群と呼ばれる加群が盛んに研究されていた。この研究において、「与えられた多元環に対してその傾加群を分類せよ」という問いは重要な問題であったが、この研究の1つのアプローチとして、Riedtmann-Schofieldは傾加群の直既約因子を1つ入れ替えて別の傾加群を構成する操作を見出した。後にこの操作は傾変異と呼ばれるようになり、2000年代に誕生する団代数理論と多元環の表現論を結ぶ重要な操作であることが知られるようになっていく。ただし、この当時の傾変異は任意の直既約加群に対して適用できるものではなく、現在の変異理論の観点から見るとやや不完全なものであった。
2000年代(団代数誕生直後):団圏の誕生[編集 | ソースを編集]
テンプレート:Main:団圏 2000年初頭にFomin-Zelevinskyによる団代数理論が誕生した直後に、多元環の表現論の研究者たちは団の1つの変数を別の変数に入れ替えて新しい団を作る団代数の変異と、傾加群の1つの直既約加群を入れ替えて別の傾加群を得る操作の類似性に注目し、この2つの変換の間に良い対応が存在するのではないかと考えるようになった。ただし、団代数理論の変異は任意の団変数を入れ替えられるのに対し、傾加群においては前述のように変異できない直既約加群が存在するという問題が存在している。そこで、考えている圏を加群圏より大きい圏にしてこれまでの枠組みでは変異できなかった直既約加群を入れ替えられるようにしようという意図のもとで、Buan-Marsh-Reineke-Reiten-Todorovにより、団圏(クラスター圏、cluster category)$\mathcal C(Q)$ が定義された。この圏は非輪状の箙 $Q$ の道代数 $kQ$ の加群圏$\operatorname{\mathsf{mod}}kQ$を、一旦有界導来圏 $\mathsf{D^b}(kQ)$ という大きな三角圏に拡張してから、対象 $X$ のAR移動 $\tau X$ と導来圏の $1$-シフト $X[1]$ を同一視する関係で「割った」圏として実現される。この構成方法により、団圏は加群圏に射影加群の(導来圏における)$1$-シフトを追加したような構造を持つ。この圏上で傾加群を拡張した団傾対象を考えることにより、今まで傾変異が不可能であった直既約加群(対象)は変異によって入れ替えることが可能になった。
そして、団代数 $\mathcal A (Q)$ が団変数を有限個持つクラス(ちょうど $Q$ がDynkin箙である場合に対応する)において、団・変異の構造と団圏 $\mathcal C (Q)$ の団傾対象・傾変異の構造の間の対応を与える次の定理が証明された。
$Q$ を(ADE型の)Dynkin箙とする。このとき、$\mathcal A(Q)$ の団変数全体からなる集合 $\mathcal X(Q)$ と $\mathcal C(Q)$ の直既約対象の同型類の集合 $\operatorname{\mathsf{ind}} \mathcal C(Q)$の間に次で与えられる全単射が存在する: \begin{align} \phi\colon \operatorname{\mathsf{ind}} \mathcal C(Q) \to \mathcal X(Q),\ M\mapsto \dfrac{f(x_1,\dots,x_n)}{x_1^{\dim_k M{e_1}}\cdots x_n^{\dim_k Me_n}}, \ P_i[1]\mapsto x_i. \end{align} ただし $f$ は整数係数多項式(?)、 $M$ は直既約射影加群の$1$-シフト以外の直既約対象であるとする。さらに、この全単射は団と基本的な団傾対象の間の全単射を誘導する。
ただし、この対応は$Q$が非輪状の場合のみ適用できる定理であり、最初のシードに含まれる箙 $Q$ が非輪状でない場合がある団代数側から見るとまだ不完全な形の定理である。そこで、さらに $Q$ が非輪状でない場合についても対応できるような、団圏の一般化が考えられた。まず、Derksen-Weyman-Zelevinskyによりポテンシャル付き箙の変異理論が整備され、これを利用してAmiotが一般化団圏を定式化した(団圏といった場合、こちらを指すこともある)。これはポテンシャル付き箙から定まる(完備)Ginzburg dg代数と呼ばれる代数を使って定義される2-Calabi-Yau圏であり、箙が非輪状の場合はBuan-Marsh-Reineke-Reiten-Todorovの意味での団圏に圏同値となっている。
また、2000年代後半には「舞台である加群圏はそのままで、傾加群の定義の方を緩めることで団代数の変異と整合性をとれるようにできないか」という研究も行われるようになる。
その研究の先駆けとなったのが、Ingalls-Thomasによる台傾加群の研究である。台傾加群は、多元環 $A$ を冪等元 $e$ が生成する両側イデアルで割った環 $A/AeA$ 上で傾加群になる加群を指す。これは $A$ が遺伝的多元環の場合は傾加群の直既約因子になっており、因子の個数は一定ではない。一見このままでは団変数の個数が常に一定の団とは整合性が取れないようにも思えるが、Ingalls-Thomasによって、$Q$ がDynkin箙であるときはこの加群が団代数 $\mathcal A(Q)$ の団と全単射で対応することが示され、この台傾加群が団代数との関係を考える時の良い一般化であることが示唆された。
2010年代:傾加群の様々な形の一般化と$\tau$傾理論の登場[編集 | ソースを編集]
テンプレート:Main:τ傾理論 2010年代に入って、前述のIngalls-Thomasによる発見は足立-伊山-Reitenの研究によって大きく発展し、τ傾理論が誕生した。彼らは、考える加群を傾加群からτ傾加群と呼ばれる加群に変えている。多元環 $A$ 上の$\tau$傾加群$M$とは、$M$からそのAR移動である$\tau M$への射集合が$0$である、すなわち $\operatorname{Hom}_A(M,\tau M)=0$ を満たすような加群である。この加群は、$A$が遺伝的多元環である場合は遺伝環の性質とAuslander-Reitenの公式から \begin{align} \operatorname{Ext}^1_A(M,M)\simeq\overline{\operatorname{Hom}}_A(M,\tau M)\simeq \operatorname{Hom}_A(M,\tau M)=0 \end{align} となり、傾加群と一致するが、遺伝的でない場合はそうとは限らない。足立-伊山-Reitenでは傾加群の代わりに$\tau$傾加群を用いてIngalls-Thomasと同様に台τ傾加群を考えており、加えて台$\tau$傾加群を定める時に使う剰余環の情報にも注目した。台 $\tau$ 傾加群は $\tau$ 傾加群の直既約因子であり因子の個数は一定ではないが、対応する冪等元 $e$ から定まる射影加群 $eA$ の直既約因子の個数まで含めて考えると一定になることを踏まえ、台 $\tau$ 傾加群と射影加群 $eA$ をペアで考えている。この $(M,eA)$ のペアを(台) τ傾対と呼ぶ。このペアの直既約因子のいずれか1つを入れ替えて、新しい $\tau$ 傾対を構成する操作を変異として定式化しており、特にこの操作が一般化団圏における傾変異と整合的であることを示している。
$Q$を任意の箙として、その(一般化)団圏を$\mathcal C(Q)$とする。$\mathcal C(Q)$ の団傾対象 $T$ に対して、その自己準同型環の反転環を$A:=(\operatorname{End}_{\mathcal C(Q)}T)^{\mathrm{op}}$とする。$\operatorname{\mathsf{ind}} \operatorname{\mathsf{s}\tau-\mathsf{pair}} A$を、$\tau$ 傾対に含まれる直既約成分(対のどちらかが直既約加群、どちらかが$0$)であるもの全体を表すとする。このとき、写像 \begin{align} \psi\colon \operatorname{\mathsf{ind}}(\mathcal C(Q)) \to \operatorname{\mathsf{ind}}\operatorname{\mathsf{s}\tau-\mathsf{pair}} A, \ M\mapsto (\text{Hom}_{\mathcal C(Q)}(T,M),0),\ T'\mapsto (0,\text{Hom}_{\mathcal C(Q)}(T,T'[-1])) \end{align} は全単射である。ただし、$T'$ は $T[1]$ の直既約因子であり、$M$ はそれ以外の $\mathcal C(Q)$ の直既約対象である。さらに、この写像は $\mathcal C(Q)$ の団傾対象と$A$の$\tau$傾対の間の全単射を誘導する。
また、傾加群の一般化の方向性についてはこの他に、多元環$A$の加群圏をその完全導来圏($\text{per} A\simeq K^{b}(\text{proj} A)$)に拡張して、その中で傾複体と呼ばれる複体を考えるものも存在する。傾複体はBrenner-Butlerと同様、森田理論を拡張する意図のもとでRickardが導入しているが、これを一般化した準傾複体が変異理論と良い相性を持つことが、相原-伊山らの研究によって明らかにされた。特に、団代数理論や$\tau$ 傾理論とは、この準傾複体のうち$0$次と$-1$次の項のみに$0$でない加群が乗っている2項準傾複体が綺麗に対応することが、足立-伊山-Reitenの研究で明らかになっている。